救いをください~20代中盤からもがく人生計画~

20代学生ニートだったもの 男 基本的に友達はいない ネットを使って自分が考えたこと、見つけたこと、そして自分の生きた証、自分を見つけられたらと思って書いているブログ

人生において大切なこと

こんにちは。

最近少し失敗したので、人生について考えた。

 

どうやって生きていけばいいのか。

人は他の人と違うため、ほかの人の真似をしても上手くいかないことがある。

なので、自分ルールが生きていくうえで必要だ。

ルールに縛られるのはカッコ悪いかもしれないが、これの大切さを知った。

自分ルールは人生においてのブレーキである

 

その次に大切なことは、何のために生きているのか、答えられるということだ。

これは具体的であれば具体的であるほうがいい。

もし、初対面の人と知り合う機会があって

この人本当に信用できるかな、どういう人かな、

と思ったときはこの質問をすればいいし、

自分にもこの質問を問いかけ続けるべきだ。

答えがふわふわしているのはよくない。

 

 

最後に自分の中で浮かんだのは、

有言実行できることの大切さである。

わかりやすく言うと、

「世の中お金がすべてだ」という人がいたら

本当に金を稼ぐことにコミットできている人は

価値のある人間であるということ。

大抵の人はコミットできない。

 

ヤリチンが今月女を10人新規でヤるといった場合、

それすら実際できないと話にならない、ということ。

実際ヤることには大した価値はあるかはわからないけども。

 

 

あとは孤独を感じるのであれば、自分に自信を持て、ということ。

人に媚びず、自分を貫くこと。

それが孤高になり、自分から寄らずとも人を惹きつけるようになる。

 

向こう側にいる人たち

こんばんは。

今日は台風明けです。

 

台風が来たことをきっかけに人間関係でまた苦しんだので

記事を書こうと思いました。

こんな内容を書けるのはここしかないからなw

 

そういえば最近若い女の子たちの間で、

誰もフォローもフォロバもせず鍵をかけたツイッターアカウントを

作り、ひたすら人に言いにくいことをつぶやく人が多いだとか。

そこまでじゃないが、このブログもそんな感じのものだろう。

一応、読む気のある人は読めるだろう、くらいの配慮と

後から自分で読み返せる程度の文章にはしようと意識している(笑)

 

さてさて、本題に移る。

このブログを書いてる私はまぎれもなく、

友達が少ないし、社交性もないタイプだ。

こういう人間は、日本に今意外と少なくないと思う。

が、しかし物珍しいというか、

変な目で見られることが多い。

普通に社交性のある人間とは感覚が違ってくる。

全てにおいて。

 

だから俺らの普通っていうのは世間とは相反するものになる。

そして世間は都合のいい言葉で、俺らを形容する。

一時期はそれが「オタク」だった。

そして今はそれが「メンヘラ」になるのかな。

 

ひどいものだと俺は思う。

そして俺らもまた逆に世間を「キョロ充」だったり「ミーハー」

だったりと形容する。

もううんこの投げ合いだと思っている。

 

俺らからすると「キョロ充」やら「ミーハー」

はあまり深く物事を考えていない。

だから俺らが素を出すと、やつらは嫌そうな顔をする。

俺らの感覚で言う「適当」くらいがちょうどいいのだ。

適当に接する。

俺からすると人に「適当」に接されるのは嫌だが、こいつらはどうやら違うらしい。

 

科学は神への冒涜とどこかで聞いたことがある。

神がつくった世界の仕組みを解明するのは

神を信じていないからということらしい。

 

僕は人の事を知りたいとまでは思わないが、知る必要があると感じる時がある。

そういう時、人を疑ったりする。

俗にいう人間嫌いなんじゃないか、と自分のことを思ったりする。

しかし、本当に嫌いだったらそもそも関心がないんじゃ?とも思ったりする。

 

人を信じる人は、そこまではしないのだろうか?

人を「適当に」信じる。

でもそもそもその人のことよく知らないならわからないよね。

人が好きってのはじゃあどういうことだ?

 

もうこうなると訳が分からない。

とりあえず、世の中の人付き合いが「適当」に見えてしょうがない。

まぁ「適当に」やれ、って言われればできるからいいんだけどさ、

ただそれで思うのは、内心人としてその人達を見れないっていうところなんだよな。

それで人を人として俺は見れない。

 

だからみんなサイコパスなんじゃね?って思ったりする。

 

 

 

おひさしぶりです

久しぶりに更新をしてみる。

 

現在の自分はというと、風邪で寝込んでいます(笑)

風邪で寝込むと本当にメンタル病みますね。

色んなネガティブな考えが襲ってくる。

 

久しぶりにこのブログに戻ってきたわけですが、

自分で自分の記事を読んでいて、めちゃくちゃおもしろいな

って思ったのでなんか書こうと思って更新しました。

 

何が面白いかって

物凄い内容がカオス(笑)

色んな事がこれでもか、というくらいに混じっている上に

言いたいことが整理されていないので、

なかなかめずらしい記事になっている。

 

多分、第三者視点からするとくそみたいな記事ばっかなんだけど、

自分で読むと「あ~これこれ、この時はそんなことあったな」

とか思えてただただ面白い。

 

たしかそもそもこのブログを始めたきっかけが

何か思いついたことを書いておこう、的なところからきていて、

誰かに何かを伝えるっていうのは

少なくともメインテーマではなかったと思う。

 

なのでこれで問題ない!

 

他人の感情と向き合う

人の気持ちがわかる人間、このフレーズよく聞きます。

人は生きていると色んなことがあって、泣いたり笑ったり怒ったりします。

逆にあんまりしない人もいます。

僕はあんまりしないほうで、人とのコミュニケーションは情報のやりとりだ。と言っていた時期もありました。

でも、それは凄くコミュニケーションが下手になる考え方だったと私自身は気づきました。

 

人は感情によって行動も変えるし、言うことも変わる。

人が怒っているときに、その人と話したくないなーと思うのは当然。

だけどそこと向き合わなければ、その人とはおそらく向き合えない。

 

今までの人生だと、めんどくさいことから逃げてきました。

それによって余計遠回りしていた気がします。

 

世の中の値踏みは残酷だ

こんばんは。

最近寒い日が続いていて、テンションもやる気もあんまりないですけど。。。

 

ニート脱出しました!

というか金がないからせざるおえなかった。。。

 

で、やってる仕事なんですが前クビになった仕事と同じ業務なんですよね。。。

なんでそんな自分に向いてない仕事をやるのかって?

 

もうそれしかなかったからだよ!!!

 

ネタでもなんでもなく仕事をえらべなくなってきます、私w

 

それでやってみているのですが、なんだか少しやっていけそう気がします。

あ、やべえやべえ油断してるとでっかいミスして首になるので、

 

頑張っていけそうな気がします!!!こっちに訂正っと

 

というのも、時給が前の仕事に比べて3分の2で

仕事内容は一緒なのに職場の雰囲気が全然違います。

 

これほどにまでに違うのかと。。。

 

改めてお金の価値とそれを得るための仕事の価値を認識しました。

 

やっぱり厳しい職場というのは、お金が多く発生し、

マイペースにやっていける職場は安いという。

 

もしかしてこれはあらゆることにおいてそうなのでは?と最近思いますね。

 

僕がこのブログでも何度もテーマにあげるナンパにおいてもこれはあるのではないかと。

 

こっちも女の価値(どれくらいモテてきてるのか)というのを把握していますし、逆にあっちもナンパしてきた男の価値をしっかり見てきているのではと。

 

見た目を変えていったり入りのトークを変えていくのもいい手段かもしれないが、根本的なその男の価値ってあると思うんですよね。

 

仕事でいくら稼いだか、というのがその人の全ての価値か?と言われるとそういうわけでもないし、それを武器にしてもあまり強くないと思う。

 

が、しかし、現在の自分が社会の中で生きていくためのスキルはあまりにも弱いのではないか、と自分で思う。

そのため なにをやってもうまくいきにくい。

 

つい最近、街でみたナンパ師たちがこんな話をしていた。

「いや~ブスに声かけたくないっすよ~、あんなの即っても嬉しくもないですからね(笑)」

 

きついことは言いたくないが、そのナンパ師のスペックというのは僕からみてそのブスよりも遥かに低く見えた。

というのも、ナンパをしているとわかることだが、若い女の価値って言うの凄まじいものがある。

ブスでも体を売ってしまえば、管理職くらいの月収は簡単だし、少し社交的な性格であればさえあれば小金持ちに貢いでもらうこともできる。

ナンパをしているとこういうことを女たちは連れ出し先で話してくるのだ。

 

そういった環境にいる女がなぜ、若くて特に特長もないナンパ師とセックスするだろうか?

 

これはもちろん自分に対しての現実でもあるし、ナンパはこれほどにまで厳しいものである。彼がどうこうなのではなく、こういった自分が知らないことに対して見くびることの愚かさを自分は改めて感じた。

 

社会の中で生きていくのは、常に自分の価値を高めることに力をそそぎ、他者を見くびらいようにしなければならない。

 

僕は昔から恋愛が世の中で持ち上げられすぎてる気する

最近の若者は恋愛離れと言われているが、僕ももともと恋愛から離れた生活を送っている人間であった。

たまにナンパをするようになってから女性と関わることが増え、恋愛が身近に感じられるようになった。

 

しかし、昔から私は恋愛が世の中で持ち上げられすぎている気がしてならない。

短く言うと、恋愛過大評価されすぎじゃね?

 

たしかに誰かを好きになって、その人と付き合えることは凄く楽しい。

そういう経験をしたことが私もある。

 

だがしかし、それと同時にその関係が壊れたときや、そこに行きつくまでのリスクは大きくないだろうか?

 

同じ会社内で恋愛アプローチをかけ、失敗したが、頑張りすぎたらセクハラと訴えられてしまうこと。

 

元カノにレイプされたと訴えられてしまったら、男性は闘うことができるのだろうか。

 

結婚慰謝料もそれだ。

 

このようにリスクはかなり多い。

 

後はこれは明確なロジックがないので、強くは主張できないが

 

恋愛依存の人を醜いと思ったことはないだろうか?

 

僕はよくそう感じる。

 

それは恋愛をしている自分が好きなだけであって、相手のことが好きでない場合が多い

から、というかもしれない。でも、恋愛をしている自分が好きじゃなくて、恋愛ができ

るとは思えないし、大なり小なりそういう部分があると思う。

 

やっぱり恋愛は一つの宗教のように、メディアや文化によって持ち上げられなければ、

 

おこらない現象だと思う。

 

まぁ何が言いたいかというと、男性諸君には常に冷静であってほしいということです

 

ね。いいことと悪いことがあるということを認識して、楽しむべき。

 

今年は何か嫌な予感がするのでこんな記事を書きました。(新年厄払い^人^)

 

 

 

 

 

 

基礎を振り返って

ここ最近ナンパでで負けが続いている。

では、ここ最近勝てていたであろう状況を振り返ってみよう。

 

某日のアポ

 

相手が食べ物はなんでもいいと言っているのにもかかわらず、相手の要求を聞いて

店を選んでしまう。

当然主導権握れず、アルコールも使えない。

相手の終電を間に受け、無事死亡。

 

というヘタレメンタルから来る負け。

 

某日連れ出し

勢いでたたみかけ連れ出し。

丁寧にカフェ連れ出し。

ここで勢いつぶれで終了。

 

改善策

これは丁寧にことを運び過ぎたのではないだろうか?

相手がダウナー系(人生に行き詰っている)、弱気の場合は

もう直個室打診でいい。

余計なクッションがむしろいらなかった。

 

某日アポ

待ち合わせになっても連絡がこないハプニング発生。

とりあえずお店へと移動。

ここでむしろギラつきすぎて、拒否反応が出る。

ここでメンタルが揺らいだのか、無駄な会話が生まれ、空気が淀む。

そのあとかろうじて回復し、個室打診に成功するもタイムアップで死亡。

 

改善策

これも同じくダウナー系。

そもそもアポでの個室までの流れの目的は、ゴーサインを引き出すこと。

ダウナー系はそれをはっきりと出さない。

この場合、サインをこっちから積極的にくみ取る方法をしっかりとるべきであった。

時間管理が雑であった。と負け要因があまりにも多かった。

 

基礎を振り返って、

アポの個室までの流れの目的は、あくまで時間内にゴーサインを引き出すこと、としっかり意識しなければならない。

余計な会話は無駄になるし、自分のメンタルが揺らぐ大きな原因となる。